僕が出会った子どもたちの話
今うちには0歳児の娘がいる。
当たり前だけれど赤ちゃんにはなにかを伝えるために「泣く」というコマンドしか備わっていない。
うちはもう3人目なので、泣き方の感じで「オムツかな?」「おっぱいかな」「とりあえず眠くて泣いてるだけやから様子見だな」なんて区別がつくようになってきた。
DNAが同じ双子であっても、周りのちょっとした反応に応じて「生き残るため」に生存本能がその環境にとって適切と思われる行動を選択する。それが積もり積もって「個性」とか「性格」とかいうものが生まれるのだという。
その子が生き抜いていくための「コマンド」を身につけ、磨いていくのだ。
コマンドは、対応とか、選択肢とか、引き出しとかいろんな言い方がある。
僕たちは、みんなそれぞれの「コマンド」を持っているし、よく使うコマンドも、苦手なコマンドもある。
支援学校で働く僕はいろんな子どもたちに出会ってきた。
ある子は、しんどいときや嫌なときに「怒る」というコマンドを使う。
怒れば、周りが対応してくれるのだから、その子にとってはかなり汎用性の高いコマンドだ。でも周りはなかなか大変だ。特に身体が大きくなると。「怒る」を多用する大人もいる。美しいバラにはトゲがあるように、「怒る」で自分の要求を通す人は、見えない何かを失っているかもしれない。
ある子は、周りの友だちや大人に「イタズラする」というコマンドを使う。
小さい頃はイタズラに周りが反応してくれて楽しかったのだろう。その子は「イタズラ」以外のコマンドがなく、周りが好意的に反応してくれなくなって、嫌がられたり、叱られたりするようになっても、周りから関心を引くために「イタズラ」というコマンドを使い続けるしかなかった。
ある子は、注意やお説教の雰囲気を感じると「逃げる」というコマンドを使う。「とりあえずゴメンナサイ」というコマンドと連携技を組むこともある。でもすべての物事から逃げられる訳ではないし、ある意味では苦手なことや課題と向きあう機会を逃していることになる。
「座り込んで動かない」というコマンドもある。徹底抗戦の意思表示だが、それだけで自分の願い全てが叶うわけではない。でも、そうする背景には、かつて「座り込んで動かない」ことによってなにかメリットを得たことがあるのだろうと推測できる。
周りの注目を集めるために「叫ぶ」というコマンドもある(こう書くとFFTのラムザを思い出してしまう)。こちらが反応せずにいると、より注目を得るために「大声で叫ぶ」に強化されるが、ここがこちらの勝負所だ。僕の「流す」コマンドとの駆け引きが繰り広げられる。
僕もよく多様するのだけれど「頑張る」というコマンドは実は諸刃の剣でもある。「頑張る」ためには気力や体力や時間なんかを消費したり、犠牲にしているので、エネルギー残量を超えては使えない。それに世の中には「頑張る」ではどうしようもないことがたくさんあって、そんなときは「逃げる」とか「諦める」とか「愚痴ってストレス解消」とか他のコマンドが使えないと困ったことになってしまう。
僕もそうだが、誰しもに得意な/苦手なコマンドがある。
彼らの多くはコマンドを状況に応じて使い分けるのが苦手だ。というか他のコマンドの存在を知らない場合もある。
村上春樹の『ダンス・ダンス・ダンス』の新イルカホテルの黒服の男は笑顔を使い分ける。
見るからにホテル・ビジネスのプロという雰囲気の男だった。こういう人物には前にもなんとか仕事で会ったことがある。彼らは奇妙な人々である。彼らは大体いつも笑み.浮かべているのだが、状況に応じて笑顔を二十五種類くらい使いわけられるのだ。丁重な冷笑から、適度に抑制された満足の笑みまで。その笑顔のぐらでーには全部番号が振ってある。ナンバー1からナンバー25まで。そういうのを、彼らは状況に応じてゴルフ・クラブを選ぶみたいに使いわける。そういうタイプの男だった。
そこまでコマンドのバリエーションを増やさなくてもいいけれど、ある程度コマンドの選択肢があった方がお互いに楽になる。
野生の世界では腕力で捩じ伏せればいいのかもしれないが、あいにく人間社会には独特の慣習とルールがある。
それに沿って生きていくためには、代替手段と言われる新たな「コマンド」を増やしていかないといけない。
例えば、気になる女の子のスカートをめくるのではなく、会話の量を増やして、デートに誘うように。
例えば、算数の問題がわからないから教室を飛び出して逃げるのではなく、「わかりません」と伝えて先生に解説してもらうように(これには「わからない」と言ってもいい雰囲気が大切なのだが)。
残念だが、僕たちはアラブの石油王ではないので「札束で解決する」というチート級のコマンドは使えない。それにお金で買えないものもあるし。
そう、万能でとんな場面でも使える「コマンド」はないのだ。
だから、いくつかのコマンドを習得して、場面に応じて使いわけなければならない。
ものまね士ゴコを目指して。
今日も今日とて「コマンド」を増やし、磨きをかけていくのだ。