メガネくんのブログ

何となく日々思ったことを書いていくブログです。教育や本の感想なんかも書いてます。表紙の画像は大体ネタです。

撒いた種が芽吹き咲き誇るところを見ることができるという奇跡

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先日、自分が担任をした子たちの弁論を見学できる機会をいただけた。

去年担任した子たち、一昨年担任した子たち。

自分が関わった子たちが成長していく姿を見ることができるのは、幼稚部から高等部まである盲学校や支援学校などの大きな魅力だと思う。

もともと部活動をはじめ、校内で出会う機会があるので僕は積極的に絡みにいく方だ。

それに現担任の先生方から相談を受けることも環境を聞きにいくことも多い(そんな風に支援学校内で学部間の縦の連携がもっと進めばいいのにとも思う)。

弁論では、彼らの成長した姿、顔を上げて大きな声で内容を暗記し、堂々と伝える姿に感動したし、成長を実感した。

嬉しかった。

それと同時に、彼らと関わる中で大変だった日々がグルグル頭の中を駆け巡る。

目頭が熱くなる。

子どもたちにもその感想を伝える。

見学に来られていた保護者の方にも話し、成長した実感を共有する。

自分の抜けた、あるいは見送った後に関わってこられた先生方にも感謝する。

もちろん頑張ったのは子どもたち自身だ。

 

僕自身は子どもと関わる自分の仕事は種を撒く仕事だと思っている。

芽を出して欲しいとは思うけど、そうそうすぐに芽が出るものではない。

物事にはタイミングがあるし、たとえ芽が出なくても、みんなその種の中にパワーを蓄えている。

だから見守る。

促成栽培マンになってしまった先輩を反面教師にして。

「種を植える仕事」という言葉について - メガネくんのブログ

 

でも、こうしていつか芽が出たらいいなと思って撒いた種が芽吹くところ、さらに大きく咲き誇るところを、担任を離れてから見ることができるなんて思ってもみなかった。

有り難い。

 

そして現担任(元同じクラス担任)から、「先生があの子たちと一緒に一年間でつくってきた基礎が、今の姿に繋がっているんですよ」と言ってたらえた。

またある子が、「2年前に僕に言われた言葉の意味が最近ようやくわかってきた」と話しているのも教えてもらった。

もちろん頑張ったのは彼ら自身。

 

でもこんなに嬉しいことがあるだろうか。

だから教員は、子どもの成長に関わる仕事は辞められないなぁと強く思う。

子どもに関わる中で、種を撒く、何かを与えたり伝えたりしていたと思っていたら、とんでもなく大きなプレゼントをもらっていたのは僕の方だったという話。

みなさん、ありがとうございました。

自由と規律、あるいは制限

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自由とはなんだろうかという考察。

 

自由だからなんでもできるのだろうか。

何をやっても自由という言葉は僕に北斗の拳の世紀末の世界を連想させる。

「ヒャッハー汚物は消毒だー!」

「生きていられるだけありがたいと思えムシケラども!!」

「ヒャッホー!!」「水だー!!」

弱肉強食の世界で弱者をいたぶる彼ら悪役は一見自由なように思える。

でも汚物を消毒する彼も、聖帝サウザーの組織の末端でしかない。

強キャラの威を借りて、自分より弱い立場のやつにしか威張れないのだ。

上官の意思一つで消えてしまうはかない存在。

それが自由を謳歌しているように見える彼らの姿だ。

力こそ全てという社会には、ルールがなくて自由なように見えて、実は、①やりたいようにできるのは自分より立場や力が弱い奴にだけ、②自分より立場や力が強い奴には逆らえないしある意味では命の天秤を握られているというルール、あるいは制限があるのだ。

 

さらに言えば力こそ全ての世界であっても、最も強いはずのラオウやカイオウですら自分の望むものを全て手にできるわけではない。

自身が愛した女、ユリアも自分になびかず、憧れた長兄トキもケンシロウのために自分と対峙します。

 

何が言いたいのかというと、やりたい放題できる世紀末の世界でも、自由は限られるということだ。

 

そして「力こそ全て」ではない現在の社会では、自由(あるいは権利)は容易く他の誰かの自由と衝突する。

日本の憲法では、さまざまな権利が「公共の福祉に反しない限り」と制限をかけられている。

 

そして子どもたちに伝えるようにしていふるのは何かを選択するということは、その結果に対して責任が問われるかもしれないということ。

「自分」で何かを選ぶのだから、その結果はもちろん「自分」に返ってくる。

もちろん僕たちは子どもの選択を尊重しなければならない(その結果として注意したり叱ったり居残りしたらということは当然ある)。

そういった一定の規律のない、何をしても自由だと、人は自分の人生で自分の選択ができなくなってしまう。

親や教員、友だち、あるいは環境などのせいにして、自分で責任を取ることを放棄してしまう。

そうではなく、自分で自分の人生を自由に生きていってほしいなぁと思うのです。

 

なんだか元ツイートの趣旨(放任の自由より一定の規律や制限のある方が子どもたちは自由を謳歌できているんじゃないかという話)とはズレちゃいましたが、そんなふうに思って日々、子どもたちに関わっています。

ラベルで人を判断しない

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‪ラベルでその人を判断しない。

これ、当たり前ですごく大事だけど、つい忘れがちなこと。


‪僕たちは日々を効率よく過ごしていくためにいろんなものにラベルを貼ってカテゴライズしている。

人にも物にも。

「あの人はわかる人だから」

「この子にはそんなこと言ってもわかんないよ」

「あいつは何やったってすごいなぁ」

「この人は仕事ができない人だ」

「あいつには何やったって無駄だよ」

「彼はこういうタイプの人間だから」

「筋トレなんて無意味だよ」

「筋トレすれば全てが良くなる」

「筋肉だけは裏切らない」

などなど

 

そして貼ったラベルでその人のことをわかった気になってしまう。‬

子どものことを学んでいく上で、例えばいろんなタイプの性格の子や障がいのこと、心理のことなんかを学んでいく中で、僕たちはさまざまなカテゴリーの特徴を学んでいく。

それは子どもを理解するためには必要なことなんだけれど、そこには落とし穴がある。

僕たちは日々を効率よくこなしていくために知らず知らずのうちに自分の知識や経験から、人や物をカテゴリーに仕分けし、ラベルを貼って分類してしまうのだ。

 

‪当たり前だけど目の前の子どもは、『ADHDのAさん』ではなく、ボルダリング仮面ライダーゼロワンが好きなAさんだ(このAさんは架空の人物です、念のため)。

ADHDという特性があるからってその面だけがAさんの全てではないし、そもそもADHDにだって大まかにいくつかのタイプがある。

ADHDの人だって、ADHDの特性全てに当てはまるわけではない。

障がいの特性はあっても抱えている特性や困難さの状況はみんながみんな同じではない、というか異なる。‬

‪だから個に応じた支援とか個別の教育支援計画、個別の指導計画とかがあるのだし、本人の実態や支援・指導するための具体的な方策を記載していくために、本人のことを知るアセスメントが行われる。

ADHDという診断名が出て終わりではなく、むしろそこからがスタートだ。

そして人は診断の有無で決まるわけではない、当たり前なんだけど、好きな食べ物や動物や歌や国やアニメや人や教科があって、いろんな人との関係性があって、それまでの歴史があってその人がいる。

ADHDというラベルだけで人を判断していると、そう言ったことを忘れてしまいそうになる。

それ以外でもそう、人間はある程度経験が溜まってくるとその経験を基にいろんなことを判断してしまいがちだ。

この子は以前対応したあの子に似ているなと経験を基に気づきを得るのは大事で、だからこの方法が合うかもしれないと考えるのはいいけれど、同時に似ているけど違う可能性も考えておかないと大きな失敗をしてしまうかもしれない。

ラベルだけを見て、その子そのものを見落としているかもしれない。


‪血液型占い(血液型による性格診断を信奉しているのは日本を含めごく一部だけれど)や国や地域による識別(〇〇人の性格)と似たようなもので、全員に当てはまるものではない。

そもそもブラジル人は9割以上がO型だし、日本人の血液型はバラバラなのでこの2つは矛盾するし。

日本人全員が、周囲から目立た内容に大人しくしていて、礼儀正しくマナーを守って、我慢強く、自分を表現するのが苦手で、非常に温厚で、他国の流行や文化を積極的に受け入れて、完璧主義で、集団行動を重視して、時間や約束を守る訳ではない。

日本人の特徴まとめ。日本人男性/女性の性格と海外の反応を大公開! | Smartlog

仮にそういう傾向があったとしても、もちろんそれに当てはまらない人も大勢いる。

 

そして、「日本人は…」「B型は…」と自分は一括りにされるのを嫌がるのに、「高齢者は…」「男(女)は…」「障がい者は…」「最近の若いやつは…」と他人にラベルを貼って一括りにしてしまう不思議。

 

ラベルを貼って判断して、他人をわかったように思ってはいけない。

すぐ忘れてしまうけど大事なことだなぁ。

子どもは親の言うことは聞かないが、親の行動は真似る

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子どもに「〇〇しなさい!」と言ってもなかなかしてくれないですよね。

特に「時間がないから早く〇〇して!」なんてときに限ってうちの子はのんびりしていたり、服を着替える前に他のことをはじめたり…

それはもちろん、子どもにはこちらの立場や考え、〇〇〇〇しないといけない理由がわからない(特に時間の概念とか難しですし)などが理由になるかと思います。

そんなとき、叱ったり脅したり叩いたりすれば子どもは動くかもしれませんが、根本的な解決にはなりません。

「罰があるから〇〇する」ということがその子にインプットされるだけで、それは裏返すと罰がなければ〇〇しなくてもいい子や人を動かすためには叱ったり脅したり叩いたりしてもいいと考える子ができてしまうかもしれない。

それに相手が子どもであれ、大人であれ、相手を無理矢理動かすというのはかなりのエネルギーが必要になる。

 

じゃあどうすればいいのか。

対話したり、具体的な方法を示すなど相手に考え方を変えてもらうよう罰とは別の手段で働きかける方法もある。

でももっと早いのは親である自分が手本になって行動を示すことじゃないのかな。

子どもというものは不思議なもので、同じ双子でも性格が異なる。それはそれぞれの遺伝子と脳の反応で生き残るため(母親など周りの人に構ってもらい生存していくため)に、それぞれが策略を練って行動していき、その積み重ねが性格や個性となるらしい。

そしてその際に参考にされるのが周りの大人の行動だ。それは褒められたり、叱られたりと言った自分への反応だけでなく、自分が行動する際のモデルとして周囲の大人を活用するということでもあるだろう。

特に小さい子どものうちは関わる大人やコミュニティの数が少ないので、親の行動は子どものモデルの大部分を占める。

 

学校という場で働いているので、保護者の方から「もうちょっと言葉遣いをなんとかしてほしい…」などという相談を受けるのだが、子どもが使う言葉は周りの誰かをモデルにして獲得したものであり、それは家庭での親の言葉遣いの影響が大きい可能性が高い。

実際に大人になってから気づいたけれど、僕自身が他者を叱るときのやり方は、僕の母親そっくりだ。

あの逃げ道を塞ぐように相手を責め立てていくやり方をあんなにも嫌っていたというのに…。

 

話は我が子のことになるのだけれど、少し前から保育園の娘のクラスの女子グループで、「〇〇ちゃんきらーい」「〇〇先生きらーい」というのが流行っているそう。

これも周りの友だちをある意味ではモデルにしているんだろう。

最初は妻と一緒に「嫌いって言うのやめて」「嫌いって言われたら〇〇ちゃんも嫌でしょ」「〇〇ちゃんに嫌いって言われたら悲しいなぁ」「嫌いって言う〇〇ちゃん嫌い!」なんて伝えたががなかなか効果はなかった。

そこで「パパは〇〇ちゃん好きやでー」と返すようになったら、ちょっとずつ家での「きらーい」が減っていった。

先日の懇談で担任の先生と話していると、「園では〇〇ちゃん、他の友だちが『きらーい』と言っていると、『きらーいって言ったらダメ、〇〇ちゃんすきーっていうねんで』って伝えてくれてるんですよ」と聞き嬉しくなった。

家ではまだまだ「きらーい」があるけれど(それはかまって欲しい気持ちの裏返しでもあるのだけれど)、保育園で僕の行動をモデルにして真似てくれているんだなぁとじーんと嬉しい気持ちでいっぱいになった。

 

叱るより前に親の立場で手本を示す。

当たり前だけれど大事なことですね。

僕も時間ギリギリになって焦るより、早めに段取りして準備を終えておくクセをつけないと!(いや、難しいからそれは妻に任せるかな笑)

出会いのカケラ

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初めて教え子とのお別れしました。

なんだろう。

ちょっと前までは元気だったのに。

こないだお見舞いで握った手は温かかったのに。

今でも起き出してきて、いつものように声をかけてくれそうなのに。

でもこれでお別れなんだ。

冷静な自分と納得いかずに泣いている自分がいる。

支援学校に勤務しているからには、いつかはこんな日が来るとは思っていたけれど。

 


彼からはたくさんのものをもらいました。

僕は彼に何を届けることができたのだろう。

お見舞いさせてもらって、こうやってお通夜に来させていただいて、お母さんには感謝の気持ちしかない。

 


ありがとうございました。

 


式場には転勤された方々や卒業生とその保護者がいて、賑やかだった。

卒業生みんなに話しかける。

「元気?」「楽しんでる?」

お母さん方に話しかける。

「元気にしてますか?」「楽しくやってますか?」

就職とか生活とかお金とな悩みとか生きていく上で必要になることは山ほどあって、身につけないといけないことも山ほどあって、もちろん全部大切なんだけれど。

それでも元気で楽しくやっているということは、当たり前なんだけれどすごく大事なことなんだなぁと改めて考えさせられました。

 


もちろん自分も含めていつどこでどうなるかはわからない。

今日が最後の日だと思って最後の日を迎える人は少ないだろう。

 

いくら拒絶したって別れは来るのだ。

 

そんなときのために必要な力を身につけることも大事。

子どもより親の方が早くに亡くなる方の方が多いかもしれないと思いつつ、子どもたちが自分なりに自立できるようにと思っていろいろと関わってきた。

そのためには厳しさも大事。

頑張ることも大事。

もちろん。

 

でもこんな風に別れが来るのなら、楽しんで満足できる時間も必要だよなと思います。

みんな楽しく元気にやってくれたらなと本当に思います。


そして子どもに与えているつもりになってもらったものの大きなこと。

ありがとう。

そしてもらったものに報いるために、また頑張らないといけないなぁと思います。

 

僕は子どもたちに何を遺せるのだろう。

頑張ろう。

失われた黄金の時代が蘇る瞬間

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今年でもう35歳。

もうおっさんである(あくまでも個人の感想です)。

 

若い子とは話が合わなくなってくるし、電車で隣の席に座った小学生には、白黒のゲームボーイポケモン赤をやっていたことを信じてもらえなかった。

ポケットモンスター  赤

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ザ・ジェネレーションギャップ。

 

しかしTwitterをしているときなどに、ふとあの頃の光り輝く黄金の時代が蘇る瞬間がある。

 

「目があったらバトルですよね?」

当然、ポケモン赤緑世代の僕には常識中の常識だ。

あの頃は楽しかった。

親に隠れて、布団の中でゲームボーイをしていた記憶。

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オレンジの光ではよく見えず、ライトボーイという付属のライトを付けていた。

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そして電池の寿命が近くなると薄くなる画面。セーブするかどうか常に判断を強いられた。

ポケモン図鑑完成のために御三家ポケモンを交換するところまで進めてはリセットしたし、個体値努力値なんて概念はなかったから、ひたすらコイキングを捕まえてはステータスを比較し、タウリンを投与していた(僕の界隈ではなぜタウリンをあんなにも信仰していたのだろうか)。

通信ケーブルでの交換中に、ケーブルを抜いたらポケモンが増えるなどの都市伝説に踊らされたり、コラッタをバグでレベル180とかにして、ミュウに進化させ、ゲーム自体がバグってしまうのもあった。

あの頃は6vメタモンもメガ進化もダイマックスもなかったけれど、ネットの攻略情報もなかったけれど、隅々まで遊び尽くして満足していた気がする。

 

スーパーゲームボーイゲームボーイアドバンス、そしてプレステと機器の進化の衝撃を最近の子は味わうことはないのかな。

ちょっと悲しい。

 

ロックマンXを1時間で全クリしたのもいい思い出だし(数年前にやったら5時間くらいかかった笑)、なぜみんなで集まってクロノトリガーやエフエフをやっていた(ほぼ見ているだけ)のかもわからない。

 

ゲームだけでない。

ドラクエバトル鉛筆はすぐ担任に取り上げられたし、ポケモンカードも没収された(私有財産の扱いとかどうなってたんだろう?通りすがりに叩いてくる教員もいたし、小学生には人権はなかったのかな?)。

カードダス。

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カードダス職人みたいなやつがいて、次に出てくるカードの厚み(レアなカラカードはシールになっていたのでちょっと薄くて柔らかいのだ)で、「次はキラやって」とチャレンジャーを鼓舞していたし、その煽りの戦果としてのノーマルカードは何処かに行ってしまった。

 

ハイパーヨーヨーも流行ったし、デジモン、たまごっち、ねり消しやまとまるくん、など流行っては消えていったものも沢山ある。

モーニング娘。鈴木あみ浜崎あゆみ(あの人気は一生続くと思ってました)、GLAY、L'Arc-en-Ciel、ポケットビスケッツなどの歌もそうだ。最近の曲にはついていけないこともある。

所詮過去の過ぎ去った時代の話だ。

思い出になってしまった事は

月日が経つにつれ美化されるから

これからもっと君との出会いを、

素晴らしかったと思うに違いない

ガガガSP『国道二号線』)

そしてそれには思い出による補正というものがあるんだろうけど、でも、やっぱり、あの頃の思い出が僕にとっての黄金の時代なのだ。

 

 

なのでTwitterでそんな時代が読み上げる瞬間があるとついつい反応してしまう。

おっさんホイホイに引っかかってしまう。

でも顔は知らなくてもあの同じ時代を過ごしたひとだというだけで、訳もなくテンションが上がってしまう自分がいるのだ。

知らない人にもついついコメントしてしまう。

同じ世代の人だけがすぐに共有できる思い出がある。

 

失われた黄金の時代が蘇る瞬間。

その瞬間が……僕を甦らせる。何度でも。

自分の思う自分像と他人の思う自分像

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道徳での取組みから考えたこと。

自分とはなんぞやという話。

 

真面目である、慎重である、積極的である、気がつく、楽しい、明るい、リーダー的であるなどのいくつかの項目で、当てはまる、どちらともいえない、当てはまらないの3択で、①自分について、②友だちについてを考えて選択してもらう。

そうすることで、①自分の思う自分像と②他人の思う自分像が出てくる。

これは同じ場合もあれば、違う場合もある。いや、多くの場合、多かれ少なかれ異なる。

どちらだけが正しいというものではない。

人はそれぞれに価値観や基準が異なるのだから、自分は真面目だと思っていても周りからすれば不真面目かもしれないし、その逆も然りである。

でもこうやって、①自分の思う自分像と②他人の思う自分像を比べることで、その人なりの自分像とその背景が分析できるし、クラス内の人間関係が垣間見える。

僕たちは素直とは思えないあの子が自分のことを素直だと思っているのは、思ったことを我慢せず正直に伝えていることからくるのかもしれない。

みんなそれぞれ自分の思う世界があるのだ(その世界がみんなの世界と共有されているかどうかはわからない)。

みんな人間だから、好きな子に対しては当てはまるが増える。あばたもえくぼというやつだ(優しいとか真面目とかの方が良いかどうかはわからないのだが)。

だから他人からの評価があてになるかというとそうでもない。

そして人間はその場に応じて顔を使い分ける。

学校の顔、家庭の顔、習い事の顔、友だちと遊んでいるときの顔、恋人とデートしているときの顔、全部の顔が同じ人間なんていないだろう。

だから周りの人からの評価は、それが家族や恋人であっても、あくまでもその人のある一面を表すにすぎない。

かと言って自分の思う自分像は正しいのだろうか。

それもわからなくなってくる。

自分とはなんなのか。

 

中庸派を自称する僕は、「自分の信じる自分も他人から見られている自分もどちらも自分で、どちらかに偏りすぎるのではなく(自分を過信しすぎるのも良くないし、周りからの評価を気にしすぎて思うように動けなくなるのもどうかと思う)、バランスが大事ですよね」といつものようにまとめるのだけれど。

でも世の中で活躍する人の中には、バランス派だけでなく、一切自分を疑わずに邁進するタイプ(結果は後からついてから派)や、自分を信頼せずに周りからの情報や優秀なブレーンによって成功するタイプもいてるし、なにがいいのかなんて、結果僕にはわからない。

 

そもそも自分ってなんだろう。

自分の思う自分

他人の思う自分

自分が外に出す自分

自分の中にいる自分

場面によって姿や態度を変える自分

本当の自分なんているんだろうか。

万人が認める、これぞ、ザ・自分みたいなものってあるのだろうか。

ないというのならば、なぜ人はインドに行ったり、チャリで日本の北端を目指して宮大工の元で勉強したり、今の場所にいる青い鳥を探したりするのだろうか。

自分

自分

自分

 

考えても答えの出ない螺旋階段の中にいます。

 

ちなみに道徳実践の元ネタはこちらです。

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