メガネくんのブログ

何となく日々思ったことを書いていくブログです。教育や本の感想なんかも書いてます。表紙の画像は大体ネタです。

「強いよね、あっいい意味でだけどね」と言われる

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僕は自分では自身のことを弱い人間だと思っている。

大きな仕事の前は体調が悪くなるし、研修会なんかで大勢の前で話す時は未だに足が震える。

ストレスにも弱い。

怒声や威圧が苦手だ。

すぐに心臓がドキドキする。

喧嘩も弱い。

あまり怒ったり厳しくしたりするのは好きじゃない。

左腕の骨折に気づかずに2時間くらい運転してスノボから帰ったことがあるので、痛みにはちょっとだけ強いのかもしれないけれど。

 

前の職場で中間管理職みたいな立場の仕事をしていて、管理職から命じられ、自分より年配の同僚(立場上は僕がまとめ役だけども)からはなじられ、そんな日々が嫌で嫌で仕事に行きたくないと毎朝思っていた。

僕はそれを僕自身が弱いからだと思っていた。

強い人ならそのくらいの逆境も跳ね返したり、言い返したりするんだろうなと思っていた。

(別に自分の弱さが嫌いなわけではないのだけれど)

 

僕は相担任の先輩みたいな人こそが強い人だと思っているのだけれども(それを言うと怒られるだろう笑)

人の心はわからない。

強さの基準は、人それぞれみたいだ。

Different Strokes by Different Folks

 

そう言われたのは、懇談で保護者と話すとき、あるいは別の年配の相担任の方と話すときだけ。

何度も言うが相担任の先生の方がズケズケものを言っている(と僕は思う)。

僕は慎重に言葉を選び、子どものために譲れない部分をどうにかしてわかってもらいたいと伝えているだけだ(と僕は思っている)。

はじめて3年間担任を持ったとき、あるいは中間管理職時代に子どもを巡って場所が真っ二つに割れたとき、そのときはそのときで必死だったし、悩みながら決断を下したので全てを悔いているわけではないのだけれども、「もしもあの瞬間に戻れるなら」と思う経験があった。

それを繰り返したくなくて、僕なりにもがいているだけだ。

 

村上春樹の言葉を借りるなら、必死にステップを踏みながら踊っているだけだ。

「踊るんだよ」
「音楽の鳴っている間はとにかく踊り続けるんだ。おいらの言っていることはわかるかい?踊るんだ。踊り続けるんだ何故踊るかなんて考えちゃいけない。意味なんてことは考えちゃいけない。意味なんてもともとないんだ。そんなこと考えだしたら足が停まる。一度足が停まったら、もうおいらには何ともしてあげられなくなってしまう。あんたの繋がりはもう何もなくなってしまう。永遠になくなってしまうんだよ。そうするとあんたはこっちの世界の中でしか生きていけなくなってしまう。どんどんこっちの世界に引き込まれてしまうんだ。だから足を停めちゃいけない。どれだけ馬鹿馬鹿しく思えても、そんなこと気にしちゃいけない。きちんとステップを踏んで踊り続けるんだよ。そして固まってしまったものを少しずつでもいいからほぐしていくんだよ。まだ手遅れになっていないものもあるはずだ。使えるものは全部使うんだよ。ベストを尽くすんだよ。怖がることは何もない。あんたはたしかに疲れている。疲れて、脅えている。誰にでもそういう時がある。何もかもが間違っているように感じられるんだ。だから足が停まってしまう」
「でも踊るしかないんだよ」
「それもとびっきり上手く踊るんだ。みんなが感心するくらいに。そうすればおいらもあんたのことを、手伝ってあげられるかもしれない。だから踊るんだよ。音楽の続く限り」
オドルンダヨ。オンガクノツヅクカギリ。 

 

あーなんだか村上春樹が読みたくなってきた僕は、そろそろ村上春樹症候群の時期なのかもしれない。仕事でいろいろあったしね。

 

強さが何かはわからないけれど、弱い僕は大事なもののために今日も明日も必死で踊り続けるだけだ。それしかできないのだから。