うちの近所のスーパーにはスープ用の鶏ガラが売っている。
ニーズがあるのかどうなのかはわからないけど(実家近くの同じスーパーでは見たことがない)、休みの日で時間があったら買う。
鶏ガラにネギと生姜を入れてコトコト煮るとすごくいい出汁が出る。
今日のお昼のうどんはその出汁を半分使った。
なかなかの出来だった(娘はあんまり食べてくれなかった)。
それからまたお湯を追加してコトコト煮る。
だんだん出汁が濁ってとろみがついてくる。
焼き鳥屋さんで出てくるスープのあの感じ。
で、妻と子どもが寝たからに終わった鍋から鶏ガラを取り出して食べる。
祖父の影響か、僕は骨つき唐揚げとか焼き魚とかをきれいに食べる。
うちの実家では鯛の塩焼きが出ると、みんな頭のとことか頬のとことかを食べて、鯛の鯛(コレ知ってます?鯛の頬ぼねのところに鯛の形をした骨があるんですよ)を取り出す。
鶏ガラも祖父の影響か、細かく解体しながらせせってきれいに食べる。
食べながら、「じいちゃんもせせってたなぁ」と思いを馳せる。
うちのじいちゃんは骨まできれいに食べる派だったし、蜂の子やチュンチュン焼き(雀の丸焼き)が好物だった。
そうしている間に以前読んだ本を思い出す。
原始の人間は、獲物を狩る側ではなく狩られる側だった。
人間が狩る側になったのは、投げやりという遠距離攻撃を発明して、アウトレンジから一方的に攻撃、つまりビルバイン状態になってからだ。
それ以前は狩られる側だったし、獲物を狩っても、他の肉食動物に横取りされていた。
だから、当時の人類の主なタンパク源は、他の肉食動物が食べ残した骨髄で、骨を石で割ってすすっていたのだとか。
祖父どころか何百万年前からの伝統芸であった。
他にも原始のヒトはボノボのように乱婚性であったとか(男性器の形がその証拠らしい、もちろんだからと言って現代社会で不倫が許されるわけではない)、歯は雑食性を表しているとか、男女のコミュニケーションの違いは狩りする男性と集落に残って家事や育児などを分担する女性の違いに由来するだとか、そう思うと今の人間もヒトという本能に由来する部分があるのだろう。
でもその本能と、現代の社会のシステムはあってない部分があるよなぁと、手塚治虫の『火の鳥 未来編』のナメクジ文明を想起してしまう。
鶏ガラをすすりながら古代に思いを馳せた話でした。