メガネくんのブログ

何となく日々思ったことを書いていくブログです。教育や本の感想なんかも書いてます。表紙の画像は大体ネタです。

世の中からメガネをなくすことができるのか

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合理的配慮という言葉を知っていますか?

その言葉の通り、他の人と比べて様々な障がいのある人に対して、必要ならば合理的な配慮(必要な支援を適切に、他の子と比べてえこひいきになってはいけない、負担が重くなりすぎない範囲で)をしましょうということです。

 

例えば、

目の見えない人には、言葉で説明する、音声読み上げのできるテキストデータや点字でやり取りする、ホームページを音声読み上げに対応させておく、試験時間を延長する(点字を読むのは、墨字と言われる一般の文字よりも時間がかかるのです)、点字ブロックを設置する。

見えにくい人には、文字を拡大した文章を渡す、ルーペや拡大読書器(文字などを拡大してディスプレイに写す機会、白黒反転なども可能)やタブレット端末などの使用を認める、眩しさに弱い場合は遮光カーテンをつける。

車椅子の人には、エレベーターやスロープを設置する、教室を一階にする、広い駐車スペースを用意する。

文字を書いたり読んだりするのが難しい人には、タブレット端末やパソコンを使って読み上げたり打ち込んだらできるようにする、漢字にルビを打つ。

いろいろな刺激があって注意集中するのが難しい人には、不必要な刺激を取り除く、絵カードや写真など視覚的な情報を提示する、見通しを持てるよう言葉や図を工夫する。

などなど、それ以外にもその人に合わせて必要なことはたくさんあります。

 

内閣府リーフレットによると、

合理的配慮は、障害のある人から、世の中にあるバリアを取り除くためになんらかの対応を必要としているとの意思が伝えられたときに、負担が重すぎない範囲で対応すること(事業者においては、対応に努めること)が求められるものです。重すぎる負担があるがあるときでも、障害のある人に、なぜ負担が重すぎるのか理由を説明し、別のやり方を提案することも含め、話し合い、理解を得るよう努めることが大切です。

https://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/pdf/gouriteki_hairyo/print.pdf

とあります。

 

ですが、この合理的配慮、障がいのことをあまり知らないと「それって本当に必要なの?」とわかってもらえなかったり、「平等でない」「公平でない」「他の子と違うから」「前例がないから」「試験でパソコンやタブレットを使うと不正行為につながるかもしれないから(大学入試センター試験で、申請の結果パソコンもタブレットの使用が認められた実績があります)」などの理由で断られることもたくさんあります。

 

なかなか理解してもらえないのですが、先日読んでいた本の中の言葉が目に止まりました。

「じゃあメガネをやめてみましょう」

そう、メガネだって全員つけているわけじゃないから平等ではないですよね(平等と言うのは、みんな条件が同じと言うものではなくて、みんなが同じスタートラインに立てるように調整することなのだと僕は思っているのですが…)

もしかしたらコナンくんの犯人追跡メガネのようなギミックが仕込まれていて、カンニングの可能性があるかもしれません。なんかコロコロコミックでそんな漫画があった気が…。

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って言っても、みんな「いやいや、メガネは必要でしょ」となると思うんです。

 

眼鏡は目の見えにくい人が他の人と同じように見えるために必要な道具で、当たり前に世の中に受け入れられています。

でも原始時代にメガネを持っていって使うと言われると誰も同意してくれないと思います。「怪しい妖術使いめ!」とか言われて吊るし上げられるかもしれません。

 

でも必要なもので、メガネがないと困る人がたくさんいるから、世の中に認められ、受け入れられています。

障がいのある人への合理的配慮もそうだと思うんです。

 

今はまだメガネみたいに当たり前にはなっていなくて、試験や授業でのタブレットやPCの使用なんかの合理的配慮が当たり前になっていく過渡期なんだと思います。

必要な人が必要なものを使い、支援を受けて他の人と同じスタートラインに立てるよう、合理的配慮への興味関心や知識が広がれー。